事業活動

第4回採択者 平松 聖子

「大手企業からフリーランス」へ。私が女性起業家になるまで

「大手企業からフリーランス」へ。私が女性起業家になるまで

大手メーカーで13年間会社員として働いた後、フリーランスライターとして独立し、女性起業家応援プロジェクトを経てセルフケアブランド「Spleen」を立ち上げた、平松聖子の実体験です。

「やりたいことはある。でも、自分にできるかどうかわからない」——そんな気持ちを抱えたまま、会社員を続けていませんか?

19歳で学生起業を経験した私は、病気をきっかけに事業を休眠させ、その後13年間、大手メーカーで会社員として働き続けました。「自分には起業は向いていないのかもしれない」と思っていた時期もありました。

それが今では、フリーランスライターとして独立し、3社と業務委託契約を結び、さらに自分のブランド「Spleen」を立ち上げました。この記事では、会社員だった私がフリーランスとして独立し、女性起業家への道を歩み始めるまでのリアルな経緯をお伝えします。「起業を考えているけれど、一歩が踏み出せない」という方の参考になれば幸いです。

まずは私の経歴を「かんたん年表」でご紹介

本題に入る前に、私のこれまでの歩みを簡単にまとめます。

2002年
現代アートのウェブ販売で学生起業(法人設立)。その後、病気をきっかけに休眠
大手電機メーカーに13年間勤務。マーケティング部門を経て、産休・育休後は営業事務も経験
退職後、編集プロダクションで校正ディレクターに

2021年
フリーランスライターとして独立(BtoB企業の広報・マーケティング支援)

2022年
副業でAmazon物販を開始

2024年
千葉商工会議所の創業スクールを受講

2026年
幕張ビジネスポートの「女性起業家応援プロジェクト」に採択。セルフケアブランド「Spleen」を立ち上げ、アタラシイものや体験の応援購入サイト“Makuake”で目標金額の151%を達成

こうして並べると一直線に見えますが、実際は迷いと寄り道だらけでした。ここからは、それぞれの転機を詳しくお伝えします。

会社員を辞めた理由は「文章に携わりたい」だった

大手メーカーに13年間勤務し、マーケティング部門でホームページやカタログ・季刊誌など販促物の制作に携わったほか、結婚・産休・育休を経て営業事務も経験しました。マーケティング時代に最も多かった業務のひとつが「文章のチェック」です。

誤字脱字がないか、表記ゆれはないか。日々文字と向き合ううちに校正という仕事に強く興味を持ち、専門のスクールに通って校正技能検定(中級・上級)を取得。そして、「文章に携わる仕事がしたい」という思いが抑えられなくなり、13年間勤めた会社を退職することを決意しました。

▲ふせんだらけの「校正必携」「編集必携」(出版界で広く活用されている実務ハンドブック)

とはいえ、迷いがなかったわけではありません。大手企業の安定した収入がなくなる不安は、決意した後もずっとありました。「うまくいかなかったら、また会社員に戻りたくなるかもしれない」——そんな気持ちを完全に消すことはできないまま、それでも「やってみたい」という思いの方がわずかに勝った、というのが正直なところです。

退職後は編集プロダクションに転職し、校正ディレクターとして従事。しかし、他人の文章を直す日々の中で、ある思いが芽生えてきました。

「ただ直すだけでなく、最初からまるごと自分で書き直したい」

「もっとこう伝えた方が読者に刺さるのに」「この構成から変えた方がいい」という思いが強くなり、気づけば「自分の言葉でゼロから文章を組み立てる」ライターという仕事に強く惹かれていたのです。

2021年、フリーランスライターとして独立。BtoB企業の広報・マーケティングコンテンツ制作を中心に経験を積んできました。

Q. 会社員を辞めてフリーランスになるタイミングは?
A. 正解はわかりませんが、私の場合は「これをやりたい」という気持ちが日常業務の中でどんどん膨らみ、抑えられなくなったときでした。校正の仕事を通じて「自分で文章を組み立てたい」という思いが強くなったことが転機です。

フリーランスライターが副業で掴んだ「起業の原点」

フリーランスライターとして活動する中で、もうひとつ試してみたいことがありました。「物を売る」という体験です。

きっかけは、Amazonで買い物をしているときに感じた小さな違和感でした。商品説明文が読みにくく、「これ、私の方がうまく書けるのでは?」と思ったのです。マーケティング記事を書いていたライターとしての視点が、そのままAmazon参入の動機になりました。

2022年頃から副業で、自分が気に入っていた美容グッズを個人輸入・ロゴ入れしてAmazonで販売を始めました。実は、会社員時代に展示会用ノベルティを企画・制作していた経験が、ここで思いがけず活きたのです。会社員時代に培ったものは、業種が変わっても持ち運べる財産だと実感した瞬間でもありました。

▲高価格帯ながらヒットした「台湾式かっさ」と「ステンレスピンのヘアブラシ」

振り返れば、営業事務も同じでした。契約書のチェックや経費処理、請求書まわりの実務は、フリーランスとなった今、日々の事業運営を支えてくれています。華やかな仕事でなくても、どの部署での経験も、独立後には持ち運べる財産になる——そう実感しています。

Amazonでの販売は予想以上に好調で、売れる感覚をつかむうちに、「誰かの商品を売るだけでなく、自分が本当につくりたいものをブランドとして作りたい」という気持ちが大きくなっていきました。

実は、私は中学生の頃から不眠に悩み、薬の副作用で大きな病気を経験した過去があります。その経験からアイマスクを愛用するようになり、「自分がブランドをつくるならアイマスクだ」と心に決めていました。

2024年には商工会議所主催の創業スクールに通い、事業計画の立て方や起業の基礎をあらためて学び直しました。ライターとして「言葉」で価値を伝える仕事と、ブランドを通じて「モノ」で価値を届ける仕事——このふたつを自分の力で形にするという目標が、再スタートする背中を押してくれました。

Q. 会社員時代の経験は起業後も活きる?
A. 私の場合は思いがけない形で活きました。展示会用ノベルティの企画が物販に、営業事務での経理や請求書まわりの実務が独立後の事業運営に。どの経験がどこでつながるかは、やってみるまでわからないものだと感じています。

フリーランスの孤独を変えた「仲間との出会い」

そして、2026年。セルフケアブランド「Spleen」の立ち上げ準備を進める中で、幕張ビジネスポートが運営する「女性起業家応援プロジェクト」に採択していただきました。

フリーランスや起業は、一人でパソコンに向かう孤独な作業が多くなります。「本当に自分にできるのか」「このやり方で合っているのか」と迷うことも少なくありません。

そんなとき、同じように挑戦している女性起業家たちとのつながりは、想像以上に心強いものでした。相談できる場所があることで、考えを整理し、次の一手を決めやすくなりました。

一人で抱え込まず、仲間と学び合える環境があることが、起業を続ける上での大きな支えになっています。

プロジェクトメンバーに「3Dシルクアイマスク」を試してもらいました
▲プロジェクトメンバーに「3Dシルクアイマスク」を試してもらいました

こうした環境に支えられながら準備を進めた「Spleen」は、2026年5月にアタラシイものや体験の応援購入サイト「Makuake(マクアケ)」で目標金額の151%を達成し、プロジェクトを終えることができました。

Q. 一人での起業が不安なときはどうしていた?
A. 私は、同じように挑戦している女性起業家とつながれる場に助けられました。相談できる相手がいるだけで、考えが整理され、次の一手を決めやすくなったと感じています。

起業は「目の前の仕事の延長線上」にある

今回の話を通してお伝えしたいのは、以下の3つです。

  • 「やりたいこと」は、日々の仕事の中の小さな気づきから見えてくる
  • 会社員時代の経験は、独立後も必ず活きる財産になる
  • 一人で抱え込まず、相談できる仲間や環境を持つことが、起業を続ける力になる

最初から「女性起業家になる!」と決めていたわけではありません。目の前の仕事に一生懸命取り組む中で、少しずつ「本当にやりたいこと」が明確になっていきました

▲自身が立ち上げたセルフケアブランドSpleen 「3Dシルクアイマスク」

Q. 会社員からフリーランス、起業へ。何から始めた?
A. 私は最初から事業計画を固めていたわけではありません。日々の仕事の中で感じた小さな違和感や興味を掘り下げていったことが、振り返れば次の一歩につながっていました。

「今の仕事にやりがいはあるけれど、何か違う気がする」「いつか独立したいけれど、何から始めればいいかわからない」——そう感じている方は、まずは目の前の小さな興味を掘り下げてみてください。そこから、思いがけない新しい道が開けるかもしれません。

今回ご紹介した「女性起業家応援プロジェクト」を運営する幕張ビジネスポートの詳細は、公式サイトをご覧ください。
幕張ビジネスポート

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